ビジネス戦略からみる京都アニメーションの展望について

1、概略

 筆者がアニメにのめりこむきっかけとなった作品の一つに「けいおん!」がある。なによりも筆者を魅了してやまなかったのが、登場キャラクターの持つ愛らしさと親近感だ。その後、「涼宮ハルヒの憂鬱」「氷菓」「たまこまーけっと」などの京都アニメーション作品を視聴していくなかで、筆者を魅了した登場キャラクターの持つ愛らしさや親近感といったものは、京都アニメーションに共通するキャラデザ、動きの滑らかさに由来することが判明する。この点については、深く踏み込まない。しかし、こうして京都アニメーションという制作会社に興味を持ち、京都アニメーション作品を片っ端から視聴した結果、筆者は、その作品履歴から京都アニメーションの戦略が読み取れるのではないかと考えた。今回は、覚書程度であるが、「キャラデザ」「原作かオリジナルか」の二つの切り口から、京都アニメーションの戦略について考えたい。

 

2、作品履歴

 まず、これまでの京都アニメーションの元請作品の来歴をおさらいしたい。

箇条書きにしてみると以下の通りになる。

フルメタル・パニック? ふもっふ(2003年)

AIR2005年)

フルメタル・パニック! The Second Raid2005年)

涼宮ハルヒの憂鬱(2006年、2009年)

Kanon2006 - 2007年)

らき☆すた(2007年)

CLANNAD2007 - 2008年)

CLANNAD AFTER STORY〜(2008 - 2009年)

空を見上げる少女の瞳に映る世界(2009年、自社オリジナル企画)

けいおん!2009年)

けいおん!!2010年)

日常(2011年)

氷菓(2012年)

中二病でも恋がしたい!2012年)

たまこまーけっと(2013年、自社オリジナル企画)

Free!2013年)

境界の彼方(2013年)

中二病でも恋がしたい!戀(2014年)

Free!-Eternal Summer-2014年)

甘城ブリリアントパーク(2014年)

なお、この文章を書いている時点では、甘城ブリリアントパークは放映されていない。

3、「キャラデザ」による作品区分

最初に、この作品履歴を「キャラデザ」から区分してみる。

「旧アニメ絵時代」(「AIR」〜「CLANNAD」)

用語の定義は厳密にしないが、この時期のキャラデザは、当時一般的だったモデルスタイルといえる。つまり、足が長く太ももが膝下と同程度の細さなのだ。これは、アニメキャラクターは現実にはいない理想的なスタイルである必要があるという当時の考え方でも表しているのだろう。筆者が知るかぎり、新世紀エヴァンゲリオンや機動戦艦ナデシコの時代にはすでにアニメ絵として定着していたように思う。

 

「京アニ絵」(けいおん!〜)

いわゆる京アニ絵が定着したのは、やはり「けいおん!」以降だろう。特徴としては、比較的胴長短足に見え、かつ太ももが膝下に比べてふっくらしている。(太ももに着目しすぎているきらいがあるが、筆者は別段太ももフェチではない。)おそらく、「けいおん!」というどこにでもいる女子高生を描く際に、あえてスタイルを平凡なものとしたデザインが、けいおん!の爆発的ヒットによって定着したものとみていよいだろう。

 この京アニ絵は、あえてキャラクターのスタイルを崩し、平均的な日本人に近づけることで、キャラクターが自分の周囲に存在する普通の女子高生であるというイメージを抱かせることに成功したのではないだろうか。そして、京アニ絵は、そのデザインによって「京アニ」だから見るというファン層、信者を獲得したといってよい。一種の京アニブランドの形成である。

4、「原作かオリジナルか」による区分

次に、「原作かオリジナルか」という切り口から区分していく。京都アニメーション作品が、常に一定の評価をされ続けている要因として、原作に忠実であるという点がかつて挙げられていた。「涼宮ハルヒの憂鬱」に至っては、地の文まで表現する徹底ぶりである。原作に忠実な筋立てで、ぬるぬると動く動画、安定して質の高い作画を用いて表現する。そうすることで、原作が持っていた人気が、アニメ作品自体への評価の高さにつながる。京都アニメーションが人気のある制作会社として名前があがる要因はこんなところだろう。特に、どのアニメ会社が作っても鍵っ子から文句がでそうなKey作品と手がけ、かつ一定の評価を得たのはまさにこの原作に忠実にという姿勢に由来するだろう。

 しかし、「たまこまーけっと」「中二病でも恋がしたい」以降、この原作に忠実という姿勢に変化がみられる。まず、「たまこまーけっと」は数少ない自社オリジナル作品である。そして、「中二病でも恋がしたい」は、原作を持つ作品であるが、自社レーベルである。また、アニメオリジナルストーリーやアニメオリジナルキャラクターの採用が随所にみられる。これは、これまで原作に忠実という姿勢からかけ離れたものといえる。この萌芽は、「けいおん!」から見られた。そうやたら細かく設定されたモブキャラたちである。そもそも「けいおん!」の原作は、四コマ漫画である。それゆえ、どうしても作品世界をアニメで補完する必要がある。しかし、平凡な日常を描くという作風上、おざなりなモブキャラではいけない。その必要性が、あのモブキャラたちだったのだろう。

従って、「原作」「オリジナル作品」という区分で見るならば、「けいおん!」以前、「けいおん!」以後に区分される。

5、ひとまずの結論

 以上、二つの切り口から見てきたが、いすれも「けいおん!」を境に区分できる。京都アニメーションは、けいおん!制作時に、自社を宣伝するCMを作成し、放映している。また、2009年には、京都アニメーション大賞を設立、2011年には自社レーベルとして、KAエスマ文庫を立ち上げている。これは、「けいおん!」により確立した京アニブランドを前面に押し出して行く姿勢といえる。

 

6、ビジネス戦略

1)製作委員会

 さて、ここからは本格的に京都アニメーションの戦略を分析していきたい。もっとも、京都アニメーションは、非上場会社である。それゆえ、とにかく経営に関する資料は手元にない。そこで、以下の記述はあくまで筆者の推測によるものだとあらかじめ断っておく。

 そもそも、アニメの原則的にビジネスモデルはどういったものか。アニメの制作は、主として制作委員会方式が採用されている。出資比率に応じて、事前に権利関係を整理したうえで、アニメを制作するというイメージを持ってもらえるいい。アニメ制作会社は、この制作委員会から、製作を依頼される形で作品を制作している。つまり、制作会社が通常運行していくうえで、製作委員会からの依頼料が主な収益源となる。この収益源の内訳は、主に制作費用、つまり人件費等である。従って、定額である。アニメが売れようが、売れなかろうが一定の費用が支払われる。

では、アニメが売れた際、そこから出る利益はどこに帰属するのか。アニメから生じる収益は、原則として製作委員会に帰属する。制作委員会の構成は、大手キー局、音楽ソフト会社、出版社、広告代理店、アニメ制作会社などである。アニメを制作するのに、一話で約1000万円ほど要する。単純計算で、一クール12000万円である。これに、広告費が加わる。しかし、放映されているのは、深夜である。当然広告枠の単価は低くなり、広告枠だけでは、投資費用は回収できない。そこで、DVD,ブルーレイ、関連グッズの収益から投資費用を回収することになる。アニメの放映時、アニメ関連企業の広告が多いのは、広告から投資費用を回収しようとしているのではなく、関連商品から投資費用を回収しようとしているためである。

2)製作委員会における権利配分 

この制作委員会において、どのような権利配分がなされているかはうかがえない。公表されていないからだ。そこで、筆者が、すくなからず自信のある法的知識から推測してみる。

 まず、大原則として、出資比率に応じて、収益配分が決められていることは間違いない。いくらアニメを作っているのが制作会社だとしても、その資金を出しているのが他社であるならば、制作会社が大きく配当を受けることはない。最低限、制作費用が保障されているだけだろう。そして、出資比率に応じて収益配分が決められる以上、キー局、出版社、音楽ソフト会社といった資本を多く持つ会社が、アニメが盛り上がれば盛り上がるほど、配当が増えるという関係にある。

では、この配当の原資となる商品は何か。まず、アニメ関連グッズは、その売上げが、各社の配当比率に応じて分配される。もちろん、上記の会社が自己資本で単独で関連グッズを作成した場合、その売上げは、作成した会社が獲得する。しかし、製作委員会方式を採用するのは、権利関係を明確化することにある。製作委員会が作成するのとは、別にグッズを作成することは、製作委員会方式をとるメリットを損なうものであり、このようなことはまずない。事前に、関連グッズの売り上げからの配当が決められているとみるのが素直だろう。

 次に、原作のコミックやノベル、音楽は、おそらく配当比率に応じて分配されない。そもそも原作のある作品の場合、アニメより先に、原作のコミックやノベルがあるのが普通である。そうすると、アニメ化を機に、それまで出版社に帰属していた売上を配当にまわすとうことは考えられない。もっとも、アニメとのコラボ企画で作成される漫画や小説は別である。これらは、事前に配当比率が決められるだろう。

 広告枠はどうか。テレビ局が持つ広告枠は、テレビ局のものであって、製作委員会のものではない。従って、広告枠からの収益は、テレビ局に帰属する。そして、先ほど述べたように、この広告枠を使用しているのは、製作委員会の構成員である。つまり、テレビは、広告枠の費用=出資額とすれば、それだけで投資収益を回収していることになる。

 では、残るDVDBDはどうか。これはおそらく出資比率に応じて配当がなされるだろう。そもそも製作委員会が作成した商品そのものがアニメである。従って、いくら制作会社が作ったものとはいえ、アニメソフト自体の売り上げは、出資比率に応じて配当される。

3)京都アニメーションの戦略 

こうしてみると、資本力の差は別として、製作委員会の構成会社の中で、アニメ製作会社だけが、製作委員会からの配当以外に収益源を持たないことがわかるだろう。ここから、京都アニメーションが、自社レーベルを立ち上げた理由がわかってくる。

 京都アニメーションは、自社レーベルを立ちあげることで、制作委員会の構成から出版社を排した。アニメの出来不出来に大きく左右されるのは、コンテンツそのものの評価である。アニメの評価が高ければ、原作の評価も高まり、原作を購入しようとする(いわゆるメディアミックス効果)。キー局、音楽ソフト会社、出版社、広告代理店の制作委員会の構成の中で、このメディアミックス効果を多分に享受するのが出版社である。

 京都アニメーションは、出版部門を立ち上げることで、これまで築いてきたブランドを用いて、このメディアミックス効果の享受を狙ったのではないだろうか。アニメ制作部門しか用いていなければ、収益源は、関連グッズとDVD/ブルーレイしかない。しかも、これらは製作委員会の出資比率によって折版される。しかし、出版部門を持てば、アニメの放映自体が、原作の広告になり、その利益を、製作委員会への出資比率に関わらず得ることができる。

 京都アニメーションが、自社レーベルを立ち上げ、その自社レーベル作品をアニメ化した背景には、製作委員会への出資比率が大手資本と比して少額にならざるをえない状況下で、アニメの評価が売上の増大に大きく寄与するビジネスモデルを生み出すことにあったのではないだろうか。自社のブランド力が利益に直結する。これによって、京都アニメーションは、よい作品をつくればそれだけ資本を蓄積することができるようになる。現在、制作会社と流通部門(キー局、出版会社)の力関係は、制作会社が自転車操業の中小企業であることが原因である。収益源の多元化により、制作会社側の資本が増えれば、製作委員会への出資比率もそれだけ上昇し、制作会社が作りたい作品をつくることができる。京都アニメーションは、制作会社が独立することのできるビジネスモデルを構築しようとしているのだろう。

 なお、類似の事例として、新劇場版エヴァンゲリオン(以下新劇)が挙げられる。新劇は、スタジオカラー単独製作である。スタジオカラーが資本のある会社だからできたのではない。エヴァンゲリオンと庵野秀明監督というブランド力によって、投資資金を募ることができたである。(もっとも、このあたりはよくわからない。出資はスタジオカラーである。しかし、その原資は庵野監督自身のポケットマネーの可能性もある。)エヴァンゲリオンは、日本に製作委員会方式、メディアミックスを根付かせた点で、ビジネスモデルとしても特筆すべき作品である。アニメの出来が、制作会社の利益に直結するといく仕組みの一つとして今後の趨勢を見ていきたい。

 

7、まとめ、今後の展望

 この論稿は、20149月末に作成している。この秋からは、「甘城ブリリアントパーク」が放映される。これは、氷菓以来の他社の原作を用いた作品である。これは、京都アニメーションが作ろうとしたビジネスモデルが破たんし、一度は手を切った角川出版に、原作者との縁を頼りに泣きついたということか、はたまた出版社からの強い要望を受けてなのかはわからない。後者であれば、アニメ業界において、コンテンツ制作会社と流通会社(キー局、出版社)の力関係を変えたビジネスモデルの一つとして、業界自体を変革することにつながる。一アニメファンとしては、クリエイターには、その個性をいかんなく発揮した作品を作ってもらいたい。京都アニメーションのビジネスモデルが成功することを願っている。

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